■ボーリング雑学
1970年の終わりごろの日本におけるボーリングブームについて紹介します。
1970年の終わり頃日本では、空前のボウリングブームが起こります。当時ボウリングのテレビ番組が毎日のように放送され、選手達の人気も、ものすごいものだったのです。そんなボウリングブームだった頃の日本を紹介していきたいと思います。
■日本で起きた空前のボウリングブーム
1970年の終わり頃の日本では、スコアを自動で計算することができる計算機能を持った機械が実用化され始め、わざわざボーラーが計算しなくてもスコアを確認することができるようになった事もあり、空前のボウリングブームが起きるのです。当時、全国に3880センターを超える数のボウリング場があり、道を数百メーター歩けば次のボウリング場を見つける事ができると言った程でした。日本国内初のプロボーリング選手として大活躍した、須田開代子(すだかよこ)さんやライセンスNO2の中山律子さんなどのスタープレイヤーが大活躍していたこともあり、日本各地にかなりの数のボウリング場が点在していたにも関わらず、ボウリング場で何分も待たないとプレイすることができないという状況になっていたのです。スタープレイヤーのようになりたいという人も多く、マイボールマイシューズを持参してボウリング場に訪れる人の姿も多くみられました。しかしそんなボウリングブームも1973年の石油危機を境に終息を迎えました。